隠岐へ行って来ました(島後) 

5月24~25日と隠岐の島(島根県)へ行ってきました。
隠岐の島は 島前(ドウゼン)島後(ドウゴ)とあり今回は島後へ
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隠岐国分寺は後醍醐天皇が隠岐へ流されて1年間過ごされたお寺(行在所跡)です。
残念な事に本堂は焼失していました。>画像
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後醍醐天皇の行在所跡の石碑と後醍醐天皇の御尊像を祀る王城鎮守社画像
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明治2年(1869年)に明治政府が発布した太政官布告の神仏判然令により、廃仏毀釈が実行され、本堂や三重塔が焼失した。昭和25年(1950年)に本堂は再建されたが、2007年2月25日の出火により、本堂が全焼していて本堂にお参りすることは出来ませんでした。本堂(写真はウェブよりお借りしました)と鐘櫓画像
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佐々木家住宅(重要文化財 隠岐造り民家で代々庄屋を務めた古い家柄です)母屋は棟札から1836年(天保7年)の建築、桁行22.1m 梁間11.2m 切妻造、杉皮葺きで外見からは想像しにくいのですが、中は窓や障子、天井等色々凝った作りになっていました
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屋根は杉皮葺きで上に石を置いてあります。その数なんと約600個(台風が来ても飛ばされなかったそうです)
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大黒柱は松の木で造られていましたが中がシロアリに侵されたため、中央をくり抜いて新しい丸太を中に入れて補修してあるそうです(左側がくり抜いたもの)(右下が補修された柱、右上は屋根を裏から見たところ)部屋の上の天井は二重構造で(天井板が二重に張ってある)屋根からのゴミが落ちたりしないように、また保温の役目もはたしているそうです
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春日神社(木の株を切って造った春日大神の額)拝殿前の注連縄画像
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岩倉の乳房杉(チチスギ)大満寺山(標高607m)の頂上近くまで車で登りやっとめぐり会うことが出来ました。一台の車にも、人にも遇わなかったので道を間違えてのでは?と、思うほどでした画像
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水若酢神社は隠岐独特の神社建築様式で本殿は方3間の切妻造妻入で、前面に片流れの向拝(ごはい)をつけた隠岐造で、茅葺屋根、棟に千木・鰹木を置いてあり、寛政7年(1795年)の竣工で、国の重要文化財です。屋根には菊の御紋がありました。
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屋根の鬼瓦にあたる部分の彫刻?屋根の上の物はそんなに大きく見えませんが、取り替えて古い物を展示してあるのを見ると、とても大きい(人物と比べてその大きさがわかるでしょう、今回一緒に旅をした私の姪です)画像
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玉若酢命神社拝殿 此処からは本殿が見えないので引き返そうとしたら、団体さんのガイドをしていた方が後ろに立派な本殿があると教えて下さり一緒に説明を聞くようにと言って下さいました。
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玉若酢命神社本殿(隠岐造り出雲大社伊勢神宮等の様式がごちゃ混ぜ)
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玉若酢命神社の境内にある天然記念物の八百杉(ヤオスギ)は高さ約30m 根元の周囲約20m 樹齢2千年以上だそうです画像
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重要文化財隠岐国駅鈴(奈良時代)当時の都と諸国間の交通路上官人が駅鈴を携帯し人馬徴発の証としていた(大よそ20kmに一駅設けられていた)画像
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隠岐騒動 明治元年江戸では西郷隆盛と勝海舟の会見が行われていた頃、隠岐では尊王運動の火の手が上がり隠岐騒動が・・・。その時の柱の刀傷や、銃弾の痕が残っている。画像
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光格天皇御下賜唐櫃や、隠伎倉印などの重文も多数残されていました画像
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次は隠岐の風景や出会った花の紹介です。


この記事へのコメント

2010年06月01日 05:41
おはようございます。
隠岐島の文化財、素晴らしいですね。
島は風の強い所でしょうから、ここまで保存するのも大変なことでしょう。
古い建物を拝見し、隠岐の歴史を改めて感じています。
次も楽しみです~♪
2010年06月01日 10:21
隠岐島に行かれたんですね。船ですか?島には独特の文化、樹木、草花が有るのでしょうね。乳房杉、八百杉の立派なのには驚きました。草花が楽しみです。
2010年06月01日 20:08
うふふさん コメント有難う御座います。隠岐は離れ小島であるから開発されずに古いものが多く残っていたように思えます。
風は結構強かったですよ。行った日も帰る日も高速船は終日欠航でした。フェリーで行ったのですが、海上は3mの波で、船の中は何処かに掴まらないと歩けない状態でした。帰りのフェリーで姪が船酔いでダウン、船を降りてから暫く休んでから帰途に着きました。
2010年06月01日 20:14
信徳さん何時もお出で下さって有難う御座います。今回はフェリーで行ってきたのですが、往復とも3mの波で揺られて2時間半船酔い寸前でした。
レンタカーを借りて島を廻ったので、珍しい花は目に付きませんでした。
2010年06月01日 21:38
多くの歴史遺産と自然が残っていますね。
佐々木家住宅は、木造で170年も耐え、
今も、石600個の重みを支えてる
玉若酢命神社の屋根は、なるほど伊勢神宮そっくり。
行った気分になれ、楽しめました。
自分たちでは、もう多分、行けない観光地ですから。
2010年06月02日 10:37
T&M さん 今日は!佐々木家住宅は見たところ???って言う感じでしたが、中を見せて頂くと、中は凝った造りになっていて、二重天井、障子の建て付け、部屋の配置手の届かない高い所にある窓の開け閉め、小さな茶箪笥のカラクリ等色々な細工がしてあり興味深く見る事が出来ました。
2010年06月02日 20:46
隠岐島に行かれたのですか。
島独特の文化財や建物など
見えるものが、みんな驚きです。
歴史があるのですね。
船でかなりの時間、乗るのですね。
行った気分で楽しみました。
2010年06月02日 22:16
いつもばらいろさん 今晩は!
離島なので、色々な文化が培われて、残されてきたのでしょうね観光客は少なかったのですけれど道路工事しているところは沢山あり、度々止められました。
2010年06月06日 00:07
隠岐の島とはね遠くに行ってきましたね。神社や民家など、とても歴史を感じさせる建物が残されていますね。
後醍醐天皇が流された島だったんですね、前に聞いたことは有りますが、すっかり忘れていました。
確か蒙古襲来の大きな被害も受けたと聞いたような気がします。切妻造の水若酢神社、こちらではなかなか見れない作りの神社で、立派なものですね。東北とは、機構も植栽も大分異なるのだろうなと思いました。
2010年06月06日 06:13
yanyandalian さん おはよう御座います。
東北から思えば隠岐は遠いと思われるでしょうが、こちらからはそれほど遠いとは思われません。島前、島後を含めて今回で三回行きました。魚釣りの好きな人たちは年に何回も出かけられます。
しじみ
2010年06月06日 11:08
こんにちは♪
後醍醐天皇さま 隠岐に行かれるとき貴女の町を 通られたのでは?   チチ杉もヤオスギもなにやら異様な雰囲気ですね ビックリされたでしょう!
2010年06月07日 19:49
しじみさん 今晩は!
後醍醐天皇が隠岐配流の途中、津山の院庄でお泊りになり天皇を慕って来た児島高徳が「天勾践(こうせん)を空しうすること莫(なかれ、・・・」と詠んだ詩を桜の幹を削って書いたと言われています。
また、近くには 後醍醐天皇が隠岐配流の際、その姿を讃えたことにより、「醍醐桜」と名付けられた伝えられている桜の木もあり大河ドラマ「武蔵」の時にロケが行われた有名な桜もあります。
乳房杉は初めてでしたが、八百杉は二度目でしたので再会を果たした?感じでした。